
長雨のシーズンが終わりに近づきました。ことしは千葉県の集中豪雨を始め、内水氾濫、洪水、河川・湖沼氾濫など、いたるところで水害が発生しました。こうした中で、車の水没事故も多く発生しました。車載用緊急脱出ハンマーを求める方も急増し、生産が追い付かない状況も発生しています。
本コラムでは過去数年にわたり、脱出ハンマーに関する記事を取り上げてきましたが、本稿では、ドアガラスに用いられる「強化ガラス」、「合わせガラス」の違いについて、詳しく述べています。この違いを理解しているかどうかが、実際の緊急事態において非常に重要だと考えるからです。
1 一般的な緊急脱出ハンマーは『強化ガラス』を破砕するもの
☑ 脱出ハンマーの3つのタイプ
市場には多くの緊急脱出ハンマーが販売されています。これらは、金づち(ハンマー)タイプ(金づちのようにグリップを握り、先端部をドアガラスなどに打ち付けて破砕)、ピックタイプ(アイスピックのように握り、先端をガラスに叩き付けて破砕)、ポンチタイプ(先端をガラスに押し当てることで内部の機構が作動し、突起物が飛び出してガラスを破砕)の3タイプに分けられます。
☑ 脱出ハンマーは「強化ガラス」用
これらの製品は、「強化ガラス」であるドアガラス(窓ガラス)を製品の硬い突起で傷つけることにより、「強化ガラス」を破砕するものです。
☑ 脱出ハンマーで「合わせガラス」車から脱出するのは難しい
近年、静粛性、紫外線遮断、防犯などの目的から、ドアガラスにも「合わせガラス」を採用する車が増えています。しかしながらこれらの緊急脱出ハンマーでは、「合わせガラス」を傷つけても、限られた短い時間※での車からの脱出は非常に厳しいと考えられます。
※ JAF(日本自動車連盟)の実験では、冠水した車→5分後腰のあたりまで浸水→6分半窓の上部まで浸水、となった。
2 なぜ「合わせガラス」からの脱出が難しいのか-構造上の違い-
☑ 強化ガラスの構造と割れ方
「強化ガラス」は、普通のガラス板をガラスが変形し始める温度(約650℃~700℃)まで加熱したあとガラスに冷風をかけて急冷します。そうすると表面のみが冷やされて、その後、内側がゆっくりと冷えることでガラスの表面に圧縮応力層、内部に引張応力層が発生しガラスの強度が大きくなります(普通のガラスの3~5倍の強度)。
強化ガラスは大変強いものですが(小銭を入れたビニール袋、ビニール傘の先、車のキー、スマートフォン、ヘッドレストの金属支柱で叩いても割れない)、表面に傷※をつけることで、破砕が瞬時に全体に広がります。以下の自動車のドアガラス(強化ガラス)の割れ方をご覧ください。
※ガラスの厚みの1/6の傷で割れるとされている(EPARKくらしのレスキュー)。
【自動車用強化ガラスの割れ方】
(動画)
自動車車用強化ガラスの割れ方(動画)
このように、脱出ハンマーの一撃で「強化ガラス」は破砕され、脱出するためのスペースを確保することができます※。
※写真のように窓枠に残ったガラスが落下等で身体を傷つける可能性があるので、脱出ハンマー等で残った部分を取り除いてから脱出するようにしてください。
☑ 合わせガラスの構造と割れ方
合わせガラスの構造は、次の図のように、2枚のガラスの間にフィルムが挟まっています。

このような「合わせガラス」を脱出ハンマーでたたいても、中間膜の両側のガラスが割れたとしても※、中間膜はガラスのようには破砕せず、そのまま残ります。
※ 軽いハンマーでたたいても、内側のガラスだけが割れて、外側のガラスは割れないことがあります。
したがって、脱出ハンマーを通常の使用方法で使っても、「合わせガラス」から脱出するためのスペース(脱出口)を作るのは簡単ではありません※。
下は当社が行った「合わせガラス」の破砕実験写真です。10箇所以上傷を作っても脱出するスペースはまだ確保できていません。当社の製品(消棒Rescue®)は、380gの重量があるので、外側のガラスまで割れていますが、中間膜(フィルム)は破砕されていません。
※ 消防署では,フロントガラス(合わせガラス)からの救出を想定して、大型の穴あけハンマー及びハサミ形状の切断用具を用意しているが、一般車両用とはいいがたいものです。
3 合わせガラスからの緊急脱出(方法、用具)は今後の課題
☑ 国土交通省の見解
国土交通省は、脱出用ハンマーでは「合わせガラス」は割れないとしています。
「(3) 脱出用ハンマーでも割れないガラスについて
「合わせガラス」は、脱出用ハンマーでも割れません!フロントガラスは、合わせガラスです。また、一部の車種では、ドアガラスやリアガラスにも合わせガラスが使用されています。」国土交通省プレスリリース(令和2年8月12日)より
☑ 国民生活センターの見解
「(2)合わせガラスは 2枚以上の板ガラスに柔軟な樹脂を中間膜として接着したもので、ガラスが割れても中間膜によって破片の大部分が飛び散らず、容易に貫通されません。緊急脱出ハンマーで破砕することはできません。」(国民生活センター報道資料「自動車用緊急脱出ハンマーによるガラスの破砕 ― 万が一の水没事故に」(令和2年8月20日))
以上のように、国土交通省や国民生活センターでは、合わせガラスについて、脱出用ハンマーでは「割れない」、「破砕することはできない」と注意喚起しています。これは、強化ガラスのようにハンマーで一瞬で破砕して脱出口を確保する、ということができないという意味です。
☑ JIS(日本産業規格)は「合わせガラス」対応を今後の課題としている
国家規格である、JIS D5716「自動車用緊急脱出支援用具」は、車載用緊急脱出ハンマーの規格を定めていますが、その対象は自動車の「強化ガラス」です。合わせガラスについては、以下のように述べています。
「合わせガラスは,構造上強化ガラスのように一瞬で破砕することができない難しさがある。消防署では,大型の穴あけハンマー及びハサミ形状の切断用具が用意されているが,一般車両用にこうした用具を搭載することは現実的ではない。緊急時の限られた時間内で一定の方法で脱出が可能となる,合わせガラス用の脱出支援用具の開発及びそれに関する規格の制定が求められている。」(懸案事項6)
4 まとめ
以上、車が被災した場合に、脱出ハンマーで緊急脱出ができるかどうかは、ドアガラスが「強化ガラス」か「合わせガラス」によって、まったく違ってきます。緊急時にどのガラスから脱出できるのかを事前に確認しておくことは、いざというときの迅速な脱出につながります。
当社では、「合わせガラス」からの脱出方法や用具に関する研究と実験を積み重ねています。近い将来、この分野で新たな貢献ができれば幸いです。
【参考コラム】
脱出ハンマーの正しい使い方―設置場所からドアガラスの割り方まで-
(脱出ハンマーの種類、合わせガラス、強化ガラスの見分け方等を紹介しています)




